沖縄戦81年 当時の県知事 島田叡の資料50点以上 親族が保管

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沖縄戦81年 当時の県知事 島田叡の資料50点以上 親族が保管

发布时间

6月22日

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23日は、20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から81年の「慰霊の日」です。沖縄戦当時、住民の疎開や食料調達に尽力し戦地で消息が途絶えた県知事、島田叡に関する電報や写真など50点以上の資料が親族のもとに残されていることが親族への取材で分かりました。専門家は「あまり知られていなかった島田の足跡や人柄を知ることができる貴重な資料だ」としています。

島田叡は兵庫県出身で、アメリカの沖縄上陸が迫る1945年1月に、当時の内務省から任命されて沖縄県知事として着任し、住民の疎開や食料の調達に尽力しましたが、1945年6月下旬に最後の激戦地、糸満市摩文仁で消息が途絶えました。

島田について、NHKが親族に取材したところ、遺骨に関する電報や、家族と撮った写真など50点以上の資料が残されていることが分かりました。

このうち、戦後に送られた電報には「至急官報」と押印され、「島田知事の遺骨が24日に鹿児島に届いたと電報があったので家族にその旨を伝えてほしい」などと記されています。

島田の遺骨は現在も見つかっておらず、戦時中の記録に詳しい新潟大学の近藤貴明特任教員は「当時は、遺骨として戦地の砂などが返されることもよくあり、亡くなった場所の砂などが“遺骨”として返ってきた可能性もある」と話しています。

そのうえで、今回の資料について近藤特任教員は「一式残っていたことに非常に驚いた。島田の足跡や人柄を知ることができる貴重な資料だ」と話しています。